地域と共に生きる水産業の草分け

16年間勤めていた銀行を辞めて水産業界に入り、現在は「釜石ヒカリフーズ株式会社」の代表として、「誰も挑戦したことがない、しかし地域にとって必ず必要になるビジネス」にチャレンジをする佐藤正一社長。地域のことを考え、人との縁を大切にする佐藤社長のビジネスは、釜石の水産業界の大きなパワーです。

東日本大震災で大きな被害を受けた釜石市唐丹町。津波の影響で数多くの漁船や鮭の孵化処理場が流されてしまっただけではなく、ガスや水道などのインフラがストップしてしまいました。そのような状況が原因で、佐藤社長が当時勤めていた水産加工会社は唐丹町から工場の撤退を決め、佐藤社長自身も出身地である盛岡に帰ろうと考えていました。しかし、地元の人たちから「水産会社を作って欲しい」という声を多く寄せられ、釜石市の人たちの水産業への想いを聞いた佐藤社長は「唐丹町には水産業の復興が必要だと思いました。恐怖心よりも、とにかくやらなければいけない、という気持ちの方が強かったですね。」と当時の心情を語ります。 「釜石ヒカリフーズ株式会社」誕生から8年経った現在、創業時から変わらず被災者や若者の雇用の受け皿となり、水産業の6次化に取り組むことで「雇用と収入」を安定させるために工夫を凝らしている佐藤社長。例えば、水産加工業といえば社会的にはきつくて大変というイメージが広く浸透していますが、そのイメージを覆すべく佐藤社長は従業員たちが楽しく働けるように工場内音楽を流したり、一般的な会社であれば入社してから半年後に適用される社会保険を翌日から適用させたりしました。また、子育て世代の女性が安心して長く働くことが出来るように、希望者にフレックスタイム制を導入したり、産休・育休にも対応しています。

「釜石の魚の美味しさを新鮮なまま届けたい」。その想いで佐藤社長は、日本各地の優れた鮮度保持技術を探し求めました。そんな中で出会ったのが、高知工科大学の「スラリーアイス」研究でした。スラリーアイスとは、海水や塩水から作る直径0.2mm程度の水の微粒子と水分が混ざったシャーベット状の柔らかい氷で、高知工科大学のスラリーアイスは真水から作れるという点で優れています。スラリーアイスの研究を進めて行き、鮮度劣化の高いサバ科の魚の鮮度保持に有効であることがわかりました。地域の食材の価値を上げ、収益の向上と、釜石の魚の美味しさの認知を広げるべく、レストラン「ヒカリ食堂」の運営も行っており、ランチタイムやディナータイムには地元産の魚を美味しそうに顔をほころばせながら味わうお客さんで賑わっています。

農林漁業者が生産(第1次産業)だけでなく、加工・製造(第2次産業)や流通・販売(第3次産業)にも主体的・総合的に関わり合うことで高付加価値化を図っていこうとする考え方を6次産業化といいます。 6次産業化に取組むことで経営の幅が広がり、収益力の向上、後継者・地域の若者の雇用の創出や、地域の活性化が図られることが期待されています。地域で獲れた魚を加工し、商品化して販売している「釜石ヒカリフーズ」の取り組みは、まさに水産業の6次化の具現ともいえます。

このように次から次へと新しいことにチャレンジする佐藤社長ですが、会社の経営や運営については非常に思考を重ねて尽力しています。「美味しい三陸釜石産の魚を全国のみなさんに喜んで食べて頂けるように、どこにどう売り込んでいくか熟考している。」と語る佐藤社長。その甲斐あって「釜石ヒカリフーズ」は釜石だけではなく、東京にも営業所を拡大しました。さらに2020年5月には、第二工場ができる予定です。第一工場では生食の加工がメインでしたが、「煮る」や「焼く」という分野にも手を広げ、「そこで生まれた売り上げや収益を雇用者や地域に還元したい。」と佐藤社長は考えているということです。

「釜石はチャレンジが出来る街です。」と佐藤社長は言います。都会だと街の規模が大きすぎて、新しいことにチャレンジすることを躊躇ってしまうことも多くあります。その反面、釜石市は人口3万人という街の規模感で、新しいことを始めるのに適した地域であり、事実震災以降多くのチャレンジが為されています。「過疎化や少子化が進んでいく中ではあるけれど、それでも街が元気を取り戻す様子を自分の目で実際に見たり、体感したりすることが出来るので、そういう人たちと一緒に自分も頑張って行きたいですね。」と復興への想いを語りました。