サステナブルツーリズムの第一人者

釜石の目指すツーリズムの牽引者である久保 竜太さん。久保さんは「サステナブルツーリズム(持続可能な観光)」を三陸から発信しています。 久保さんは、現在の釜石市の観光計画である「釜石市観光振興ビジョン」の策定に関わりました。その中には地域の「稼ぐ力」を引き出し、地域への誇りと愛着を醸成する観光地域づくりの担い手として「観光DMO(DMO:Destination Management Organization)の設立」を掲げ、実際に2018年4月に釜石市の観光DMOとして「かまいしDMC」が設立され、久保さんは設立に向けた中心的な役割を果たしました。

現在久保さんは、「かまいしDMC」で旅行事業全般を担当し、釜石でのサステナブルツーリズムの取り組みをさらに広げるために、国連世界観光機関などが中心となって定めた「GSTC」(「持続可能な観光のための国際基準)に基づき、釜石を持続可能な観光地にしていくためのマネジメントシステムを作ることに尽力しています。

東日本大震災が起こり、久保さんは「これまでの先入観や概念が壊された」と話します。 震災発生の翌朝、家族の安否確認のために戻った釜石で、瓦礫やヘドロで覆われた浸水域を実際に歩き、自分の命の危険を感じるような体験をしました。学生時代は釜石に無関心で、「早く釜石を出たい」とすら思っていた久保さんでしたが、震災以降は「自分の生まれた場所がこの先どう歩んでいくのか、目を離したくなくなった」と、毎週釜石へ戻り支援活動を行うなど、久保さんの中で大きな変化が生まれていきました。

久保さんは、毎週釜石に戻り災害ボランティアに参加する傍ら、トレッキングツアーを企画して自らガイドを務めるなど、次第に釜石の観光コーディーネーターとしての役割を担っていくようになり、震災から約4年後、釜石市の復興・まちづくりを支援する団体である「釜援隊」への着任を機に帰郷しました。

 津波により先祖が代々暮らしていた家やお墓が流されてしまった久保さん。「先祖の生きた証形を残したい」と、自分の手で久保家の家系図を作りました。出来上がった家系図から、明治時代にも大津波により先祖が多く亡くなったこと、その出来事が自分が生まれる未来への因果関係となっていることを久保さんは知りました。そして、自分という存在は、脈々と続いてきた命の連鎖のただ一つのパーツに過ぎないという気付きが、サステナビリティの探求への原点となりました。 「三陸は大津波による破壊と再生を繰り返してきた場所なので、地域の人は100年先のことを真剣に考えて復興と向き合っているんです。漠然とした未来より、切実な100年後。持続可能性と向き合う時、この感覚が大事だと思います。だからこそ三陸から地球と人のより良い未来のあり方を発信していく社会的意義があると思うのです。持続可能な開発(SDGs)のモデルにもなりうると思います。」と久保さんは語ります。」

 久保さんは今後の展望として、「『釜石市観光振興ビジョン』で策定した内容を具体化できるよう観光DMOとして尽力していきたい」と話します。自分の生まれたふるさとに戻り、そのふるさとを発展させようと世界基準のスケールで尽力する久保さんと共に、釜石はこれからも進化をし続けます。