釜石市の地域DMOである株式会社かまいしDMCは、補助金に依存せずに事業を推進する自走型の経営を実現している。釜石の地域性を活かした高付加価値な体験プログラムや、企業版ラーニング・ワーケーションなどの先進的な取り組みにより、観光プログラムの収益は4年間でおよそ10倍になり、3,000万円を超える規模に成長した。代表取締役の河東英宜氏に、その事業・財務戦略について聞いた。

取材:2023年12月16日

<記事の概要>
● かまいしDMCは、釜石らしい体験を追求することで、観光の高付加価値化を図ってきた。
● オープン・フィールド・ミュージアム構想の実現と収益化の両立。
● 企業版ラーニング・ワーケーションの推進も、観光収益向上の取り組みの一つ。
● 地域内外の人材と共創するワーケーションをさらに推し進めていく。

ふるさと納税事業と旅行事業の両輪経営へ

 かまいしDMCが設立された直後には、来訪者を積極的に受け入れていく人員的な余裕がなかったという。そんな中、キャッシュフローを確保するために力を入れたのが、ふるさと納税だった。「ふるさと納税は、年末に業務量が急増しますが、釜石の観光客の受け入れは夏がメインです。このシーズナリティの特徴を利用しました」と河東氏は話す。先にふるさと納税の事業規模を拡大していき、得られた収益を旅行事業の資本形成に回した結果、今ではふるさと納税事業と観光事業が2つの柱となって、両輪でキャッシュを生むようになっている。

 かまいしDMCは、補助金に依存しない自走型のDMOであるが、これは日本では比較的珍しい存在だという。その背景には、日本の着地型観光の構造的な問題がある。「日本の消費者は、2,000~3,000円で体験プログラムに参加できることが当たり前になっています。それらを手配する旅行会社も、着地型観光の対価をその程度にしか見積もっていません。しかし、海外の基準で考えると、その倍の値段でも安いくらいです。これが、行政の支援なしで観光業が成り立つことを難しくしている理由の一つです。」

 補助金に依存してしまえば、真の意味で持続可能な観光地経営は実現できない。したがって、持続的な観光まちづくりをするためには、DMOが地域の体験プログラムについて、よりコミットし「持続可能な高付加価値化」を目指して、稼げる仕組みを作ることが不可欠だという。かまいしDMCは、その「持続可能な高付加価値化」に挑むために、どのような取り組みをしているのだろうか。

何のために観光客を受け入れるのか?

 「まずは、何のための、誰のための観光なのかを考えました」と河東氏。「何のため」は、人口減の著しい釜石の活性化のため。そして、その活性化のためには、いわゆる観光産業の内部の人間のみならず、様々な人が観光に関わり、市内で観光客を受け入れる窓口が増えていくべきだと考えた。「当面は、一次産業を中心に、そうした『観光人材』を増やす必要性を感じました。」実際、釜石市内の多様な関係者との間で「共創」のベースを作れたからこそ、「高付加価値化」が実現できたと実感しているそうだ。

 一方で、観光の高付加価値化というと、誤った方向に進んでしまうことが多々あるという。その一つが、ラグジュアリーな施設を用意して、富裕層を受け入れなければいけないというものだ。河東氏は話す。「地方都市に必ずしもラグジュアリーな体験は求められていません。普段は体験できない、その地域ならではの体験に基づいて、高付加価値化を目指すべきなのです。」

 もう一つ起こりがちなことが、手を加えすぎて、「普段ないもの」を作り上げてしまうことだ。高付加価値化の意味を「普段ないもの」「特殊なもの」と曲解し、体験プログラムを「イベント化」してしまうと、実施側が疲弊して継続困難なコンテンツになってしまう。河東氏は「現場に過度な負荷がかかる特別なことはしないと決めている」と話す。

 例えば、釜石で人気の「漁船クルーズ」は、漁船に観光客を乗せて、漁師がガイドを行う体験プログラムであるが、この帰船時に、伝統芸能でお出迎え、あるいは浜焼きのお振る舞いをしてみては、といった提案が旅行会社からしばしば持ち込まれる。しかし、特別なツアーでその分の予算があれば実施するが、インフルエンサーに向けたPR等では行わない。普段は実施できない「作られた観光」になってしまうからだ。また、それだけではなく、釜石の漁船クルーズでは、主役である漁師のスケジュールが最優先だという。「時間もいつも午後2時の出船と決めていて、協力してくれている漁師さんの生活リズムを崩さないようにしています。結果、それが持続可能な観光につながっていると感じています。」

 かまいしDMCではこのように、決して背伸びしすぎない、その地域らしさを活かした体験プログラムを提供し、観光客の満足度を高めている。河東氏は「地域での日常は、観光客にとっては非日常であり、飾り過ぎるべきではありません」と指摘する。

まち全体を「屋根のない博物館」と見立てる構想

 釜石には、特筆すべき観光資源があったわけではない。しかも、都市圏や、ゲートウエイとなる新幹線の駅や空港からもアクセスが良いとは言えず、人口も減り続けている。そこに東日本大震災の津波が襲い掛かり、まちの中心部は甚大な被害を受けた。そんな逆境から、いかにして観光の価値を高めてきたのか。

 河東氏は「観光業がゼロからのスタートであるという弱みを逆手に取って、震災復興のための柱として観光コンセプトを設定しました」と述べる。その観光コンセプトが、「オープン・フィールド・ミュージアム」構想だ。これは、釜石のまち全体を「屋根のない博物館」と見立てて、人や生業を展示していくという考え方である。具体的には、釜石の歴史や文化、産業や自然、そして人々の暮らしや想いを、ありのままに来訪者に味わっていただこうとするもので、ヨーロッパの「エコミュージアム」の派生モデルである。ここでの「エコ」は「環境」に限定するものではなく、「営み」に比重があり、新井重三氏は、エコミュージアムを「生活・環境博物館」と翻訳している。

 河東氏は語る。「ありのままの地域を見せると言っても、もちろん何もせずに観光客を呼べるわけではありません。観光コンテンツとして今あるものを磨き上げることで、一歩一歩、顧客単価の向上を実現してきました。」

 例えば以前は、震災伝承施設の見学だけ、観光クルーズだけというように、釜石への滞在が1時間程度のことも多かったという。「釜石でしかできない体験にするためにはどうするか。プログラム実施者とともに議論し、もっと高い価値を提供できないかと、試行錯誤を重ねてきました。」そのキーワードの一つが「より深い学び=観考」であった。例えば、震災に関するプログラムは、「震災の記憶から学ぶマネジメント研修」という形で、ケースワークや実践的な防災訓練などと組み合わせて、半日のプログラムへと充実させた。「これによって、今までの一人称で語る『語り部』から、より客観的な学びが得たいという企業研修のニーズに応えられるようになりました。」

 また、クルーズに関しては、「漁船クルーズ」として漁師と釜石湾をめぐりつつ、クルーズ中に海水を採取し、岩手大学と協働でその海水中に含まれる目に見えない細かなプラスチックを分析する「マイクロプラスチックツアー」として発展させた。こちらも、半日のプログラムとなっており、SDGsについて学びを深めたい、企業や大学生から高い人気を誇っている。

 さらにSUPのようなアクティビティについても、考え方は同様だ。河東氏いわく「わざわざ釜石をSUPの目的地にしようとする人はほとんどいないでしょう。」であれば、と工夫したのが、「早朝に定置網を見に行くSUPツアー」である。漁師の仕事をSUPで見に行き、そこから持ち帰った魚介類を近隣のキャンプ場にてBBQで味わうという、釜石でしかできない組み合わせ。「三陸の美しい朝日をSUPで洋上から眺めつつ、さらに釜石自慢の新鮮な海産物を味わえる、唯一無二のプログラムになっています。」

 このような半日がかりのプログラムとなれば、釜石へのアクセスの悪さを逆手に取れるという。「このような長時間の体験プログラムを行うためには、釜石に泊まっていかざるを得ません。これにより昼食・夕食や宿泊など、当社のプログラム以外の消費も自ずと伸びます。」しかも、これらのプログラムを組み合わせることで、滞在日数はさらに延びる。釜石では、このようにして来訪者に充実した長い時間を過ごしてもらうことで、より深く釜石の魅力を感じてもらい、結果として、お金が落ちる仕組みが出来上がりつつある。

成長の原動力、企業版ラーニング・ワーケーション

 実は釜石は、ラグビーワールドカップのあった2019年に来訪者の最多を記録し、そこから増えているわけではない。河東氏は、「当時、釜石市には100万人弱の来訪者があったにも関わらず、体験プログラムの収益は250万円程度しかありませんでした。これは、課金できる魅力的なプログラムが少なく、また、常時開催できるプログラムも少なかったからです」と述べる。

 しかし、そこから4年かけて先に述べたような高付加価値化を成功させ、2022年度に当初の5倍を超える1,500万円に、さらに、2023年度は10倍超の3,000万円を超える見込みだ。ビジネスとしては小さな数字のように思われるかもしれないが、東北のマイナーな観光地のマーケットとして見ると、これまでになかった収入だけに、地域に与えるインパクトは、相当に大きい。

 この成長の原動力の一つが、企業版ラーニング・ワーケーションの取り組みだ。釜石には、製鉄業が盛んだった時代から、外の人の力を活かす「オープンマインド」があった。それを活かして、かまいしDMCは、地域を学び、課題解決を目指す共創型のワーケーションを推進している。

 ワーケーションとは、仕事と休暇を兼ねた滞在型の働き方だが、かまいしDMCは、その中でも、地域の課題や魅力に触れながら、自社のビジネスや人材育成に役立てることを目的とした企業版ワーケーションを提案している。先に述べたようなプログラムを中核にして、利用者を伸ばしていることに加えて、「取り組みに共感いただいた企業様から、合計2億円を超える企業版ふるさと納税をいただくまでに至っています。」と河東氏は言う。企業版ふるさと納税は、法人税の一部を企業が地方自治体に寄付することができる仕組みである。かまいしDMCのワーケーションへの取り組みが、釜石市の活性化に直接的に寄与しているといえる。

地域内外の人材と「共創」する未来への展望

 かまいしDMCは、オープン・フィールド・ミュージアム構想をこれからも推進していく。人口減の中でも観光を通じてどのように活力を維持していくかは、市全体としてのテーマだ。市内で観光に携われる人材を育成し、それとともに、地域外の釜石に関わってくださる方を増やして、共創の機会を設ける。「ワーケーションで都市圏の企業の方々を受け入れ、地域の事業者との交流が生まれれば、それが共創の芽となっていくはずです」と河東氏は述べる。

 特に、企業の越境学習ニーズには手応えを感じているという。企業が都市圏に集中する一方で、過疎化の進む地方や「アウェイ」の地域での課題解決、それを通じた人材育成が大きなテーマになっているためだ。「企業の越境学習のニーズに地方が高いレベルで応えていくことで、日本全体の発展にもつながっていくと実感しています。」

 河東氏は語る。「他DMOのプログラムの造成を支援するなど、地方全体の受け入れレベルを上げ、この流れを牽引していきたいです。」かまいしDMCは、釜石を、そして日本の観光産業全体を盛り上げていくために、これからも挑戦し続ける。

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