釜石市の地域DMO(観光まちづくり法人)である、株式会社かまいしDMCは、2019年の創業以来、サステイナブル・ツーリズムの先進地として、先駆的な仕掛けを続けてきた。この過程において、人材の採用と育成が大きく成果に貢献したという。一般的に、地方DMOにおいて採用・育成は難易度が高いとされているが、かまいしDMCはどのようにして人材が事業の成功要因と言えるまでに至ったのか。代表取締役の河東英宜氏に話を聞いた。

取材:2023年12月16日

<記事の概要>
● かまいしDMCでは、人材採用・育成が事業成長のキーファクターとなっている。
● サステイナブル・ツーリズムの国際認証などの取り組みが、優秀な人材採用に直結。
● SL理論に基づくマネジメントにより、地域に貢献できる形の権限移譲を実現。
● 社内だけではなく地域全体の観光人材育成を推し進める。

サステイナブル・ツーリズムの実績が採用へ貢献

 2019年の創業時、かまいしDMCはわずか4名のスタッフから始まった。この小さなチームは、正社員2名と釜援隊(復興支援員)2名のみで構成されていた。それからわずか3年も経たないうちに、かまいしDMCは、5つの拠点を有する、20名超の組織へと成長した。人数の比率としては、U・Iターンメンバーと地域採用が半々で、そのバックグラウンドは、官公庁やコンサルティング会社、ホテル・旅行会社と多様だ。

 一般に、地方のDMOは採用の難易度が高いとされ、メンバーを直接雇用するではなく、役場からの出向や地域おこし協力隊などが大半を占めているケースも多い。特に首都圏からの人材獲得は、移住のハードルと待遇の問題が障壁となる。しかし、河東氏によれば、「かまいしDMCでは、地域おこし協力隊や地域活性化起業人はもちろん歓迎していますが、現状、全員がプロパー採用」だという。

 この理由として、かまいしDMCが、サステイナブル・ツーリズムの国際基準に準拠した観光地域づくりを行い、数々の表彰を受けていることが大きいという。Green Destinationsの認証を受けているアメリカのコロラド州ヴェイルも、サステイナブル・ツーリズム認証が優秀な人材の採用に寄与していると明らかにしており、かまいしDMCでも同様の効果を感じているという。河東氏は、「例えば、財務省から転職したメンバーは、『なぜ、伝統的に観光地ではない釜石がサステイナブル・ツーリズムにおいてこれほど先進的なのか、その理由を学びたい』と語り、東京から来てくれました」と述べる。

期待値を適切にすり合わせる

 また、かまいしDMCでは「1年で首都圏に戻りたいが、一時的に地方に移住してみたい」といった人材も積極的に受け入れている。たとえ短期間でも、地域に貢献できそうな人材は大歓迎であり、むしろ彼らのキャリアアップの一助となることを目指しているという。例えば、大手製菓メーカーから来た地域活性化起業人の方は、当初は研究職だったが、釜石での経験を通じてマーケティングに関心を持ち、帰京後はマーケティングの部署に志願して移籍した。「彼は、当初1年の任期でしたが、延長を自ら申し出てくれて、最終的には2年間釜石に貢献してくれました」と河東氏はいう。釜石での2年間が彼のキャリアに大きな影響を与えたのは、想像に難くない。

 河東氏は、採用前に「長くいてほしい」や「この分野で貢献してほしい」といった受け入れ側のエゴを押し付けるのではなく、その人物に合った適切な期待のすり合わせをすることが大切だと語る。かまいしDMCにおいて、当初から長期滞在は強制せず、一時的な雇用も、むしろ組織としての新陳代謝の良い機会と捉えているのは、そのためだ。「実際に来てもらえれば、多くの貢献実感や学びを得られるはずです。その結果、多くのケースで当初の期間よりも長く留まりたいと言ってもらえています。今、在籍している社員にも、当初2年だけ在籍したいと話していたメンバーが2名いますが、それぞれ3年目と4年目になります」と河東氏は語る。

SL(Situational Leadership)理論に基づくマネジメント

 かまいしDMCでは、SL理論に基づいてメンバーのマネジメントを行っている。SL理論とは、「状況に応じたリーダーシップ」の理論で、リーダーシップスタイルを従業員の成熟度や特定の状況に応じて柔軟に変更することを推奨する。河東氏は、個々のメンバーに持っている能力を最大限発揮させつつ、会社全体に持続可能な観光まちづくりの考え方を浸透させるために、SL理論を実践しているという。

 まだメンバーの習熟度が低く、細かな指示が必要な場合、GSTC基準(サステイナブル・ツーリズムの国際基準)が、会社の行動規範として機能する。河東氏いわく、「そもそも当社に入って来る多くの人は、この基準に共感しており、マネジメントコストが低減できています」という。ただし、新規入社の方が、良かれと思って、釜石の考え方に合わない提案をするケースはもちろんあり得る。

 例えば、「インスタで何か特産物をバズらせよう」という提案。そもそも、サステイナブル・ツーリズムの観点からは、「バズる」ことが望ましくない。河東氏いわく、「ありがたいことに特産品などをメディアに取り上げていただく機会などもあるので、図らずしてバズってしまうことはあります。」しかし、これにより、テレビ放送時に爆発的に問い合わせが増えて窓口がパンクし、もともと地域に愛されていた商品が、地域で手に入らなくなるという事態が発生している。そして、ブームが過ぎれば消費量は落ち着くので、生産量を増やせば良いというものでもない。

 「ブームに乗っかって、問い合わせ窓口を充実させたり、生産量を急増させても長続きはしない。となれば、そもそも爆発的なブームを作ること自体、意味のないことなのです」と河東氏は言う。このように、サステイナブル・ツーリズムの基準と自分のアイディアとの矛盾を理解するにつれて、提案内容は自然と手堅く地域に貢献できるものへと変化していく。持続可能な形で売上を伸ばすためにはどうすべきか、という考え方ができるようになるわけである。

権限移譲と専門性獲得の機会提供

 このようにして経験を積んだ能力のある人には、徹底して権限が移譲される。実際に、かまいしDMCの各拠点には河東氏の専用の席は設けられておらず、各施設の運営はすべてメンバーに委任されている。業務上のやり取りは、社内のコミュニケーションツールで頻繁に行われるため、河東氏が直接介入せずとも、緩やかな見守りの下でスムーズに運営されている。

 また、GSTC基準が社員全員で共有されていることで、業務内容が異なる拠点間であっても、フレキシブルに人員を入れ替えることが可能なマトリクス組織が実現できていると、河東氏は述べる。「加えて、私を含めて、メンバーが柔軟に移動することで、拠点間の垣根が低くなっています。」

 また、GSTC基準を学ぶ機会はもちろんのこと、各拠点での専門性を高めるための研修機会も多く設けられている。例えば、震災伝承施設の「いのちをつなぐ未来館」の職員は、全員が「防災士」の資格を取得しており、かつ市の伝承者制度である「大震災かまいしの伝承者」の研修も受講している。河東氏は、「当社メンバーのお子さんである9歳の語り部の誕生が話題になりましたが、これは大人たちが楽しみながらスキルアップをしているからこそ、『自分もやりたい!』となったのだと感じています」という。各拠点では毎年、他地域での研修にも参加している他、海辺のキャンプ場である「根浜シーサイド」では、SUPやシーカヤックの資格取得のための講習会が地域内の人々に開放されている。

地域の観光人材育成への取り組み

 かまいしDMCのこれからの目標は、社内だけに留まらず、地域内の観光人材の育成をさらに進めることにある。これまでも、地元の小中学生に対して各施設で無償のプログラムを提供し、職場見学や地元の高校での授業担当を通じて、観光人材の育成に寄与してきたが、これをさらに体系立てて推進することを目論んでいる。

 地元の商工高校では、2週間に2コマの授業をかまいしDMCが担当し、より実践的な観光人材育成プログラムの提供を開始した。このプログラムでは、生徒たちが釜石の観光現場を直接体験し、自らのアイディアを実践する機会を設けている。

 かまいしDMCの究極の目標は、釜石だけでなく、日本全国に持続可能な観光を実践できる人材および責任ある旅行者を育成することにある。釜石市の観光振興ビジョン「オープン・フィールド・ミュージアム」の実践において、かまいしDMCは中心的な役割を果たしてきたが、この派生である「オープン・フィールド・カレッジ」でも、重要な役回りを担おうとしている。「オープン・フィールド・カレッジ」とは、まち全体をカレッジ(大学)のキャンパスと見立てて、地域内外の方に学びの場として提供していくことを目指す、釜石市の新たな構想である。サステイナブル・ツーリズムの先進地は、人材育成という側面でも目が離せない地域になりつつある。

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