DMO運営戦略

DMO運営戦略 CEO×CFO対談

経営の舵取りを担う2人が、かまいしDMCの戦略を語る。

 

釜石市の観光地域づくり法人(DMO)である株式会社かまいしDMC。国の観光庁も地方創生の柱として、DMOが中心的な役割を担う新たな形の観光地域づくりに力を入れています。かまいしDMCはその中でも、先駆的な取り組みが多方面から注目を集め、各地からの視察が絶えません。今回、その経営の中心を担っている、CEO河東代表と、CFO大杉部長のお二人に、DMO運営のエッセンスをお伺いしました。

 

  • 河東 英宜

    株式会社かまいしDMC代表取締役。

    釜石市出身。旅行系出版社を経て、2017年にパソナグループに転じ、NVCF投資政策委員会にて地域創生事業に携わる傍ら、観光地域づくり法人(DMO)である株式会社かまいしDMCの制度設計を行い、2018年4月にかまいしDMCを設立。


  • 大杉 尚也

    株式会社かまいしDMC 経営企画管理部 財務責任者(CFO)

    埼玉県出身。筑波大学卒業後、一橋大学大学院にて、経営学修士(MBA)を取得。財務省関東財務局、金融庁に4年間勤務。地域創生のリアルを知り、貢献したいという想いから、2020年度よりかまいしDMCに参画。経営戦略を財務面から強力にバックアップし、設立後3年での自走型DMOの実現や、着実な事業拡大など、かまいしDMCの挑戦を支えてきた。

株式会社かまいしDMCは、2020年度から継続して、観光庁に「重点支援DMO」に選定され、かつ設立3年目にして「観光庁長官表彰」も受けています。DMO運営に関して、どのあたりが評価されているとお考えでしょうか。

河東評価していただいている点は主に2つだと思います。一つは、サステイナブル・ツーリズムに関する先駆的な取り組みです。釜石市は、いち早くサステイナブル・ツーリズムの国際基準に準拠した取り組みを始め、2018年に日本で初めてグリーン・ディスティネーションズ「世界の持続可能な観光地TOP100」に選出されてから、4年連続で選出され続けています。また、日本で唯一ブロンズアワードも獲得しています(2022年現在)。

もう一つは、釜石市にはもともと特筆すべき観光資源がないにも関わらず、自走型のDMO運営を実現できていることです。釜石は従来は観光のまちではありませんでしたが、今では観光によって「地域の稼ぐ力を向上させる」ことが部分的に実践できています。地域に観光客を連れてくる仕組みを作ることで、地域も自社も潤うというモデルで注目されているのだと思います。設立当初からの計画でしたが、市に出資金を3年で返還した時には、関係者は驚いていました。

サステイナブル・ツーリズムについての解説は、別の機会に譲るとして、今回はDMOとしての運営戦略について、もう少し深くお伺いしたいと思います。普段の運営において、どのような視点を大切にされているのでしょうか?

河東DMOとしての地域貢献の意識と、普通の中小企業として利益をしっかりと上げることの2点を常に大切にしています。一見すると相反するように思える概念ですが、私は強く相関していると捉えています。というのも、そもそも自組織の経済的な持続性が確保できていなければ、地域への持続的な貢献は難しいからです。DMOの「M」は「マーケティング」と「マネジメント」を表すことは、DMO関係者には広く浸透しているかと思いますが、私は「マネタイズ」も持続可能な観光地経営に欠かせない要素だと考えています。

なるほど。DMO運営に関しては「地域が潤う」ことを最優先に、自組織の利益は二の次にされるべきというイメージがありましたが、必ずしもそうではない、ということですね。

河東DMOのミッションでもある「地域の稼ぐ力の向上」のためには、まず自分たちが稼ぐ力を有しておくべきだと考えています。地域の事業者の方々は、自身の生業におけるノウハウに長けていても、「マネタイズ」の視点が弱いことが多々あります。そういった中でDMOが「マネタイズ」を実践し、地域の稼ぐ力の向上を主導していくことが、地域を「稼がせる」ために求められていると言えるのではないでしょうか。

地域に稼がせる前提としてまずは自分で稼げるべきという、というお話をいただきましたが、大杉さんはそこにどのような形で関わられているのでしょうか。

大杉当社は株式会社なので当然といえば当然なのですが、事業部ごとの採算、プロジェクトごとの利益率には、常に注意を払っています。地域で活用できる何らかの補助金制度があっても翌年以降も補助金を要する案件、いわゆる自走できない案件については手掛けないようにしています。それは、一過性の地域貢献があったとしても、経済的に持続可能性がなければ、長期的には地域にとってのプラスにならないと考えているからです。

先ほど、大杉さんから「株式会社なので」というお話がありましたが、「DMC」だからこそ「自社の利益も追求する」重要性が高まるとも言えるのでしょうか。

河東経済的な持続性を確保する重要性は、広域DMOなどの一部例外を除いて、DMO (Organazation) でもDMC (Company) でも変わりないと考えています。ただ、利益を出すことはできないものの、地域にとって必要な案件は存在します。そうしたものはCSR的に地域に還元していく方法をとっています。たとえば、釜石高校への英語教育の「寄付授業」は利益を求めるものではありません。各観光施設への赤字補填、単発イベントへの寄付も同様です。事業の運営資金を行政に頼りっぱなしではなく、自分たちでやれることはやってみるというのは、組織形態に依らず、常に求められるべきなのではないでしょうか。

一般的にDMOには公共性が求められます。自社の利益を上げることに対して誤解は生じませんか。

河東公共性と自社利益は必ずしもトレードオフの関係にはありません。なぜなら、当社の事業の売上が地域に還元される域内循環経済を強く意識しているからです。また、地域の既存の事業者が手掛ける事業に参入することもありません。地域貢献の軸はシンプルで、いかに地域に眠っている観光資源や特産品を磨き、輝かせられるかという視点。また、いかに地域事業者に還元できるかという視点です。世の中の「流行」「トレンド」や、自分たちが「やってみたい」「稼ぎたい」というエゴや自己実現は、二の次です。かまいしDMC取り組みは、この数年で地域の事業者に理解をいただいたと思っています。

なるほど。具体的に「地域に貢献すること」と「稼ぐこと」の両立をどのように実践されてきたのでしょうか。

河東分かりやすい一例として、ジェラート事業があります。釜石の特産品をまとめてPRする手段を模索する中で「ジェラート」であれば、事業展開している事業者が地域に存在しないため、取り組みのハブとして機能できると考えました。地域性を全面に出す商品なので、「いちご」や「マンゴー」といった一般的な味や、「ピスタチオ」のような流行りのフレーバーは一切取り扱っていません。「いくら醤油」「大吟醸」「甲子柿」といったように、釜石の特産品に徹底してこだわっています。釜石の誇る銘品をジェラートとして多くの方に楽しんでもらって、事業者さんに利益を還元し、地域の方々には地域の食の魅力を再認識していただく。そのサイクルに手応えを感じています。

大杉ジェラート事業の反響は想定以上でした。もともとは「ジェラート部」というコンセプトで、当社の管理施設である「魚河岸テラス」のランチとディナーの間のアイドルタイムで提供していたものでした。たった2時間の営業ですが、1年で投資額が回収できたこともあり、次のステップに進むことにしました。これまでの喫茶店営業からジェラート工場の新設とキッチンカー販売を開始。9個入りのギフトボックスの生産にも踏み切りました。ギフトボックスは楽天のジェラートランキングで上位に入るなど、順調に事業を拡大できています。

そのような事業展開は、社内でどのように意思決定されているのでしょうか。

大杉河東がマーケティングとプロモーションの企画を立て、具体的な数字の部分に関しては私が詰めていきます。当社の事業のほとんどはこのスタイルです。計画自体も利益最大化というよりは、その事業によって「地域経済の循環にどのような影響があるか」「文化的・環境的な寄与があるか」を中長期的な視点で地域にプラスになるかを検討します。

中長期的に見て地域にプラスになるかどうかは、どのあたりでご判断されているのでしょうか。

河東「次につながる投資」かどうかは重視しています。先述の通り、たとえ規模や経済的効果が大きかったとしても、一度きりで終わってしまうような単発イベントには魅力を感じません。スモールスタートであっても、継続的な誘客につながるものや、事業を少しずつ広げられるストーリーを描けるものに積極的に取り組んでいます。

大杉その事業が「サステイナブルであるか」が判断基準なので、社員にとっても共通認識を持ちやすく、一緒に事業を推進しています。

最後に、かまいしDMCの今後の事業展開について、教えていただけますでしょうか。

河東令和3年度はコロナ禍ではありますが、7,500名ほどの企業研修・修学旅行を受け入れました。また地域商社事業も好調です。こうした基盤となる事業で地域に利益還元を行いつつ、新規事業にも投資を行います。脱炭素に向けた環境問題と、人口減社会における生業の維持、被災各地で社会課題となっている津波浸水地域の土地の有効活用等を検討しています。

大杉ラーニング・ワーケーション事業も一定の成果が出ていますね。特に首都圏の企業の研修受入れは、地域へのプラスの影響を実感しています。また、自治体からの視察研修も急増していているので、地域連携のチャンスも拡大していると思います。この機会を大切にしていきたいですね。

TOP