震災で廃船になった「観光船はまゆり」を、よりサステナブルな形で復活させた「漁船クルーズ」。漁師さんの空き時間と、漁船という既存資源を有効活用することで、よりリアルに、釜石の魅力を味わっていただけるクルーズが実現しました。
また、このプロジェクトは、社員を含めた携わる一人ひとりが、改めて釜石の良さに気づくきっかけにもなったといいます。この取り組みがどのように始まり、どのように形となっていたのか、そのストーリーをお聞きしました。
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佐々木 和江
地域創生事業部 魚河岸テラス運営課
魚河岸テラスの施設管理全般の責任者。地域商社事業とも連携した「産直」の商品管理、入居されているテナントとの窓口、会議室などの施設貸館管理などを担いつつ、釣り大会や2階飲食店と連携を図ったキャンペーンをはじめとする、魚河岸テラスでのイベントも定期的に企画・開催している。
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河東 英宜
代表取締役
漁船クルーズのプロジェクトには、主に構想・企画段階で携わり、実務を佐々木に引き継いだ。
「漁船クルーズ」は主に佐々木さんが、実現に向けて尽力されたと伺いました。プロジェクトの概要について教えていただけますか?
佐々木:漁師さんが普段使用している漁船に乗り、魚河岸テラス前の漁港を出発して、漁師さんの案内のもと、釜石湾を一周するクルーズです。リアス海岸や釜石大観音などの観光スポットを周遊するだけでなく、時期によっては養殖棚の案内など、漁師さんのお仕事にも触れていただくことができます。
どのような経緯で、この形式でのクルーズが実現することになったのでしょうか?
河東:「観光船はまゆり」が、津波に流され廃船になってしまったのがそもそもの発端です。震災後はことあるごとに「はまゆりを復活させてほしい」という声が地域からあがっていました。ただ、何億円もかけて船を造っても、採算が合わずに地域に負の遺産を残してしまっては意味がない。
そこで、漁師さんの空き時間と船を使えば、初期費用がかからずに、観光船の代替体験ができるのではないかと考えました。幸い、「魚河岸テラス」は、釜石の観光拠点として認知されてきておりますので、ここで定期的に運航すれば、釜石の新たな観光コンテンツとして定着させられるのではないか、と考えたのです。
ありがとうございます。観光船はまゆりの、新たな形での復活が「漁船クルーズ」だったのですね。構想が決まってからは、具体的にどのように実現まで漕ぎつけたのでしょうか?
河東:「漁船クルーズ」に協力してもいいと、手をあげてくださった漁師さんお二人が決まり、運輸局、岩手県との調整を終えた段階で、具体的なオペレーションは、基本的に佐々木さんにすべてお任せしました。クルーズコースの企画には入りましたが、実際に早期に実現できたのは、佐々木さんをはじめとする、魚河岸テラスのスタッフのお陰ですね。
佐々木:乗船していただいた方により楽しんでいただくために、漁師さんとクルーズコースについて話し合いを重ねたのはもちろんのこと、観光スポットの情報を資料に落とし込んだり、安全上の注意のご案内方法を検討したり、悪天候の場合の備品を準備したりなど、オペレーションの細部を一つひとつ、丁寧に詰めていく必要がありました。
プロジェクトの中では、どのような時に面白さ、やりがいを感じられましたか?
河東:クルーズコースを検討する中で「地域のストーリーを掘り起こし」もできました。例えば小島の上に、とある碑を見つけたのですが、漁師さんに聞いても詳しいことは分からなかったのです。そこで、地域のご高齢の方にお話を聞くと、太平洋戦争のさなかに座礁し、米軍からの攻撃で沈没した船の乗組員の慰霊碑であることが判明しました。このように私たちも、今まで埋もれていた歴史を学ぶことができました。
佐々木:私は、お客様に来ていただくごとに、漁師さんがどんどん前向きになってくださったことが、とても嬉しかったですね。当初は、漁師さんから「自分たちは口下手だから、上手く説明できないのではないか」という懸念をいただき、観光スポットなどはすべて船上でお客さまが自身で読んでいただけるように、資料を用意していました。
でも回を追うごとに、お客さまから「震災の時の話をたくさんしてくださり、とても勉強になった」「漁師のお仕事の話が面白かった」など、漁師さんがお客さまと積極的にコミュニケーションを取られている様子が分かり、驚くと同時に嬉しく思いました。
河東:そうですね、漁師さんたちにとっては当たり前のルーティーンや、普段何気なく見ていた地形が、観光客の方から興味を持っていただいたり、「すごい」と言っていただけることで、改めて生業や地域に対する誇りのようなものも感じてくださったのではないか、と思っています。
なるほど、地域に住まう誇りの醸成につながっている素敵な取り組みですね。反対に、難しさを感じた場面はありましたか?
佐々木:現場レベルで「すごく大変だった」という場面はなかったですね。「お客さまはどう思うだろう」ということを忘れず、やるべきことをやっていく、という感じでしょうか。ただ、安全面で行政等の許可を得るのに多少苦労があったという話は聞いています。
河東:確かに、運航許可を取得するための苦労はありました。一点、DMO視点で付け加えるのであれば、観光資源として「定着させる」ことこそが最大の課題だと認識しています。実は、一過性の取り組みであれば、過去にも、漁師さんが観光客の方々をご案内することはありました。ただ、運営が当面の継続を前提として、システム化されていなかったため、実施期間が終わると取り組みがリセットされてしまっていました。
だからこそ、かまいしDMCが継続して、魚河岸テラスという拠点で取り組むことに意味があると思っていますし、定着への第一歩は踏み出せたとのではないかと考えています。
なるほど、いかに「サステイナブルな」取り組みにしていくかがポイントということですね。では、その「漁船クルーズ」のツアーの見どころを教えて下さい!
佐々木:ハワイ沖から移動してきた付加体と呼ばれる褶曲した地層や、波に削られてごつごつとした岩肌など、三陸復興国立公園の一翼を担う釜石の迫力あるリアス海岸を間近で見られるのは、魅力だと思います。特に釜石湾は、比較的大規模な工業港の一面と、自然豊かなリアス海岸を隣接して見られるユニークな湾なので、そういった変化に富んだ風景を楽しんでもらえたら嬉しいですね。
また、同じ道の往復ではなく、湾をぐるっと一周するので、移動するごとに違った景色を堪能できるのも、面白さです。観音様を正面からご覧いただけるのは海からだけですし、ギネス認定もされている世界一の深さを誇る湾口防波堤の中と外での波の違いも、是非感じていただきたいですね。湾の中は波が穏やかですが、一歩外海に出ると、防波堤の果たしている役割の大きさを実感できると思います。
ありがとうございます。三陸のジオと工業港を一度に見られるのは釜石ならではですね。最後に、このプロジェクトの今後の展望を教えて下さい。
河東:ひとつは、漁船クルーズの収益の一部を充当することによって、行政が負担している「魚河岸テラス」の運営費を低減することです。もうひとつは、漁船クルーズの稼働率があがり、手伝ってくれる漁師さんが増えること、そして、漁師さんたちからクルーズが主要な業務との認識を得ることです。
加えて、道のりは少し遠いかもしれませんが、こうした取り組みを通じて次の世代の方で漁業に興味を持つ方が現れてくれると嬉しいですね。
ありがとうございました。