釜石の特産品のPRの手段として、地元のイチオシの逸品を表現した「三陸氷菓(さんりくジェラート)」。地産食材や、地元の事業者さんが製造した商品を大切にしており、「浜千鳥大吟醸」や「いくら醤油」「かまだんご」など、釜石でしか味わえないフレーバーがラインナップされています。三陸の海・山・川の自然の恵みに育まれた食の豊かさを最大限に引き出す味を追求し、改良を重ね続けている本プロジェクト。インタビューでは、「魚河岸ジェラート部」としての立ち上げから、こだわりの生産現場まで、事業を確実にステップアップさせている秘密を探ってきました。
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河東 英宜
代表取締役
魚河岸テラスのカフェタイムの活用から「魚河岸ジェラート部」を着想。店舗の成功により、「三陸氷菓(さんりくジェラート)」として、ギフトボックスの全国販売やキッチンカーでの他地域への出店など、事業範囲を拡大中。
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新沼 貴子
地域創生事業部 魚河岸テラス運営課
釜石市の臨海部のにぎわい創出の拠点「魚河岸テラス」の施設管理を担当。管理業務を遂行する傍らで、施設を盛り上げるための一環として「魚河岸ジェラート部」の運営、フレーバー開発に携わる。調理師免許を保有。
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田代 幸恵
地域商社事業部
さんりくジェラートの製造責任者。只越オフィスのジェラート工場で、店舗用とギフトボックス用のジェラートを製造する他、「魚河岸ジェラート部」のブースでの接客も担当している。キッチンカーの出店も担当。
まず、ジェラート事業を手がけられた経緯について教えていただけますか。
河東さん:「魚河岸テラス」来館者の満足度向上プロジェクトとして、ジェラート事業にたどり着きました。2019年のオープンから継続して来訪者調査を行っているのですが、当初は来訪者満足度を高めきれていませんでした。弊社が他に管理している震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」などと比較しても、伸びしろが大きいのではないかと思われました。
そこで、アンケートを見直してみると「カフェタイムに開いているお店がない」という意見が目につきました。魚河岸テラスは大部分が飲食店で、ランチタイムからディナータイムの間は、テナントさんがお休みを取りたい時間帯です。
なるほど、カフェタイムは、開館しているが利用できるお店がない状態だったのですね。その課題がどのようにジェラートに結びついたのでしょうか。
河東さん:1階の空きスペースで、カフェに準ずるものをスタートさせたいと考えたのが始まりでした。カフェで提供するものはDMO(観光地域づくり法人)として、釜石らしさをPRでき、釜石の事業者さんと事業領域が被らないものが求められました。コラボレーションのしやすさやと競合を考慮した結果、ジェラートというアイディアに至りました。
ソフトクリームや甘味を提供している事業者さんがあると思いますが、どのように差別化しようと考えられたのでしょうか。
河東さん:私たちの事業の主眼は、釜石の名産品をPRすることにあります。そのため、「ストロベリー」や「マンゴー」といった定番の味や、「ピスタチオ」などの流行のフレーバーは扱っておらず、釜石産の食材に徹底的にこだわっています。そういった意味で、そもそも領域の被る事業体があるとは、捉えていません。また、南三陸地域に地域密着のジェラートがなかったため、キッチンカーでのイベント的販売や飲食店に卸すOEM的な展開も視野に入れていました。
なるほど、そのように構想が固まってきたタイミングで、新沼さんがジョインされたのですね。
新沼さん:そうですね、2020年3月1日付で入社しました。ジェラートの仕事に魅力を感じたわけではなく、釜石の魅力をPRする仕事として応募しました。実は元々は英語を使える仕事を探していたのですが、かまいしDMCは、事業者さんとのやり取りや商品開発など、地域に密着している仕事だということに惹かれ、それらを海外の方にPRするのも担いたいと思っていました。
河東さん:実は、ラグビー関係者から新沼さんがラグビーワールドカップの受入れ時に英語力を活かして活躍していたと聞いていましたし、「新沼さんが作る料理がすごく美味しい」という話も聞いていたので、ジェラートの商品開発担当としても活躍してもらいたいと、当初から思っていました(笑)
具体的に、ジェラートの商品開発というのは、どのようなプロセスで進められているのでしょうか。
新沼さん:どの事業者さんとコラボレーションするかを最初に決定し、事業者さんがどのような素材をお持ちなのか一通り見せていただくところから、開発は始まります。ジェラートに合う素材をある程度固めた後に、その素材を最大限に引き出すベースが何かを考えていきます。例えば「藤勇醸造」さんの「味噌おこしミルク」であれば、味噌おこしの甘じょっぱさを一番引き出せるのが「ミルクベース」でした。同じく「藤勇醸造」さんの「あまざけ」のジェラートであれば、それまでは試したことがなかった「豆乳ベース」が甘麹の美味しさを最大限に引き出せるという結論にたどり着きました。
その中で、特に苦労された場面はありましたか?
新沼さん:「海汐(みしお)バニラ」は、納得できる味になるまで、試行錯誤を重ねました。「海汐バニラ」は、三陸沖で獲れる「アカモク」という海藻を「釜石湾漁協の白浜浦女性部」さんに提供いただいて開発したジェラートです。ジェラートマシーンのメーカーさんにアドバイザリーをお願いしていたのですが、「海産物とジェラートは合わないから無理だ」とずっと言われていました。ただ、三陸の海藻は絶対にPRしたいと思っていたので、どうにか打開策を見つけるため、材料をグラム単位で調整し、味の変化を見ていきました。
ジェラートの開発プロセスは、地道な調整作業の繰り返しなのですね。
新沼さん:はい、「海汐バニラ」の場合は、冷凍保存の期間も考慮して、3日後はもちろん、数ケ月後に食べても美味しさを保てるか、という点にもこだわりました。また、この過程で「地域活性化起業人」として江崎グリコ(株)から派遣されていた大窪さんにも協力してもらって、開発スピードが格段に上がりました。最終的に、海を想起させる適度なしょっぱさの大人なバニラ味のジェラートに仕上げることができました。実際に事業者さんに食べていただいて「これ、美味しい!」と言ってもらった時は、本当に感慨深かったです。
田代さん:海産物系の味の調整は難しかったですが、自信を持ってご提供できる美味しさに仕上がったと確信しています。また、経過を見ていく中で、時間を置くほどむしろ味に深みが出ていくのも興味深かったですね。
「海汐バニラ」開発のタイミングから田代さんもジョインされたのですね。田代さんはどのようなきっかけで、かまいしDMCに興味を持たれたのでしょうか。
田代さん:私はもともと、全国チェーンの小売業で働いていたのですが、地元を離れてみて改めて「三陸の食」の豊かさに気づかされました。その魅力をもっと広める仕事をしたい、と漠然と思っていたところ偶然見つけたのが、かまいしDMCのジェラート事業の求人でした。地元の事業者さんと密に連携して、釜石の食をアピールしていこうとしている点が、自分がやりたいことと一致していると感じ、応募しました。
実際に入社されてみて、いかがでしたか。
田代さん:お客様から「美味しい!」という声をもらえるのが、何よりも嬉しいです。友人が購入してくれて「海汐バニラは口にするのに少し勇気が必要だったけど、むちゃくちゃ美味しかったよ!」とメッセージをくれたときや、魚河岸ジェラート部の店舗で「どの味も濃厚で美味しかったです!」と声をかけられたときなどは、製造の大変さが報われた気分になりました。
新沼さん:普段、田代さんはジェラート工場での製造を主に担ってくれています。ジェラートの製造は、温度の変化や素材の状態によっても、味が微妙に変化する、非常に繊細な作業なのです。専用の機材を駆使しながら、その瞬間のベストな味を追求するのは、田代さんの職人技ですね。
新沼さんはジェラート事業に関して、どのような部分にやりがいを感じられていますか?
新沼さん:リピーターの方がいらっしゃった時は嬉しいですね。特に気に入ってくださっている方は、キッチンカーで出店した際に、16個ほど詰めて持って帰ってくれました(笑)。それと、作ろうとしたものが、自分のイメージにぴたっとハマった時は感動ものです。作りたい理想の味が口の中で広がった時には、鳥肌が立つくらいです。一番人気の「浜千鳥大吟醸」も、初めて求める味を出せた時には「これは人気商品になる!」と確信できました。
ジェラート事業は、魚河岸テラスの店舗から始まり、ギフトボックスのオンライン販売、キッチンカー、そして次は飲食店への提供と、確実にステップアップしている感があります。現場で働いている感覚としては、いかがでしょうか。
田代さん:私たちは基本的に、広告を用いたプッシュ型のマーケティングは行っておらず、あくまでも口コミによるプル型のマーケティングを重視していて、チラシさえもありません。特に魚河岸テラスの店舗はカフェタイム2時間(14時から16時)だけの営業なので、お客様が時間にあわせて並んでくれるようになりました。
河東さん:ありがたいことです!予算がない中でのプロジェクトの立上げでしたので、広告費はゼロでしたが、情報の希少性からお客様が進んでSNS等にUPしてくれるマーケティングは、ブランドパトロナージュ手法の成功事例と言えるかもしれませんね。
新沼さん:ジェラートに原材料を納品している事業者さんも、口コミしてくれていて、相乗効果が生まれているように感じます。ジェラートがきっかけで釜石の特産品を知り、事業者さんの商品を購入される方がジェラートに興味を持ってくださる。そんな素敵なサイクルが少しずつ出てきているのは嬉しいですね。
これから「さんりくジェラート」として、挑戦してみたいことはありますか?
新沼さん:9種類のフレーバーが詰まったギフトボックスについて、釜石の事業者さんのこだわりの品が一つの箱に詰まっている点が新しいし素敵だね、とよく言っていただけます。是非、より多くの方にこの商品を楽しんでもらいたいです。もう一つは、新しいフレーバーの開発には、常にチャレンジし続けたいですね。
田代さん:私はキッチンカーでの出店範囲をさらに広げたいです。気仙沼から久慈、出身の山田も含めて、三陸という括りで連携して、何かイベントが出来たらなと思っています。三陸の食系のイベントには、総当たりで参加してみたいですね。さんりくジェラートが、三陸の食を盛り上げる一つの手段として、さらに広く認知してもらいたいですし、三陸に足を運ぶきっかけの一つになれたら嬉しいなと思っています。
本日はお時間をいただき、ありがとうございました。