近年、観光を通じて地域の持続可能性を高める取り組みである「サステイナブル・ツーリズム」が特に脚光を浴びています。観光振興によって、観光客が増加することで、混雑による地域住民の生活への悪影響、持ち込まれるゴミの増加による環境悪化などが起こってしまっては、地域が活気ある状態を保つことは不可能だからです。持続可能な地域づくりのために、何が必要なのか。今回、伝統的な観光地ではないながらも、サステイナブル・ツーリズムの先進地と言われる「釜石」について、かまいしDMC代表取締役の河東さんに話を聞きました。

まずは単刀直入に「サステイナブル・ツーリズム」とは何かをお聞きしても宜しいでしょうか。

世の中では「SDGs」への取り組みが、当たり前のこととみなされていますが、これの観光版が「サステイナブル・ツーリズム」だと考えてください。SDGsと同様に「サステイナブル・ツーリズム」にも多くの項目・基準が設けられており、それに準拠して活動することによって、持続可能な観光地を目指すことができます。

よく「サステイナブル・ツーリズム」への取り組みは、環境に配慮していることと同義だと思われていますが、それは正しくありません。たしかに「環境への配慮」は「サステイナブル・ツーリズム」の中で重要な位置を占めますが、あくまでも要素の一つでしかありません。「持続可能な観光地」実現のためには、環境へ配慮した取り組みを始め、社会経済や文化等についても包括的に施策を推進する必要があります。したがって「エコツーリズム」とも同義ではないといえるでしょう。

なぜ昨今「サステイナブル・ツーリズム」への取り組みの重要度が増しているのでしょうか。

「SDGs」が国際的な目標として各所で積極的に取り組まれているように、「サステイナブル・ツーリズム」も、観光に携わる者として当たり前のように意識されるべきでしょう。さらに、観光地として選ばれ続けるためにも、取り組みの重要度は増しています。

2021年にブッキング・ドットコムが発表した調査結果では、世界の旅行者の 81% が「今年はサステナブルな宿泊施設に滞在したい」と回答しています。また、日本においても、同調査で82% が「旅行において、サステナビリティが非常に重要だ」、42 %が「新型コロナウイルス感染症の影響で、よりサステナブルな旅行を望むようになった」と答えています。

上記のようなサステイナブルな旅行を志向する旅行者は、環境や文化に対する意識が高く、「質の高い」旅行者であるとも言えます。このような方々を惹きつけるためにも、「サステイナブル・ツーリズム」への取り組みは不可欠です。

釜石市は「サステイナブル・ツーリズム」の先進地とメディアにも頻繁に取り上げられていますが、それはなぜでしょうか。

釜石市が注目していただけているのは、2018年に国際的なサステイナブル・ツーリズム認証団体「グリーン・ディスティネーションズ」の「持続可能な観光地100選」に日本で初めて選ばれ、かつ2022年まで5年連続で選出され続けていることが、理由として挙げられます。また、日本で唯一同団体の「サステイナブル・ツーリズム」の認証プログラムで「シルバー」を受賞している点もあるかと思います。特に日本では、まだ「ブロンズ」を獲得している地域も出ていないので、有難いことに取り組みの参考に視察に来ていただく機会も多くなっています。

釜石市は、なぜいち早く「サステイナブル・ツーリズム」に取り組むことができたのでしょうか。

そもそも釜石は、震災により甚大な被害を受けており、改めてまちづくりをしていく必要に迫られていました。さらに釜石市は、もともと伝統的な観光地ではなかったため、観光地づくりはゼロからのスタートでした。観光地運営のノウハウもなければ、観光人材もいない中で、拠り所として明確な指針が求められたのです。そこで釜石市は「オープン・フィールド・ミュージアム」という新しい観光ビジョンを掲げるとともに、その中の具体的な取り組みとして、サステイナブル・ツーリズムの基準に準拠した観光地づくりを進め、国際認証にもチャレンジすることを決めたのです。

実際にサステイナブル・ツーリズムに取り組まれていて、手応えはいかがでしょうか?

サステイナブル・ツーリズムを実践によって、当社に共感していただける機会が増えたように思います。実際に、優秀な人材の採用に結びついた事例もありますし、認証取得が当社の取り組みの旗印となり、そこを魅力に感じてもらえる好循環が生まれています。

また、入社後の人材育成にも、サステイナブル・ツーリズムの指針は活きています。メンバーの入社直後には、地域の実態にそぐわない企画が出たりもするのですが、「サステイナブル・ツーリズム」を軸にして考えることで、あるべき観光地づくりの方向性の理解が自然と進むようです。結果として、例えば代表の私が出席しない会議でも、「サステイナブル・ツーリズム」のコンセプトに基づいて意思決定がなされるため、現場レベルまで方針をぶらさずに経営できていると感じています。

そのサステイナブル・ツーリズムの「国際認証」の仕組みは非常に複雑に思えます。詳しく教えていただいても宜しいでしょうか。

まず「GSTC-D」というサステイナブル・ツーリズムの認証基準からお話しします。これは、国連の機関である世界観光機関(UNWTO)の下で、「世界持続可能観光協議会(グローバル・サステイナブル・ツーリズム協議会、以下「GSTC」と記載)」が定めている基準になります。環境への取り組みで、グリーンウォッシング、つまり環境に配慮しているように見せかけて、実際は何も貢献していない偽善的な取り組みが問題になっています。「サステイナブル・ツーリズム」への取り組みにおいても、そういった「言った者勝ち」が生じないように、具体的に何にどのように取り組まれるべきかが、細かく基準として定められています。

基準は、ホテルや旅行会社向けの「GSTC-I(インダストリー)」と、観光地向けの「GSTC-D(ディスティネーション)」の2つがあり、釜石市として準拠しているのは後者です。観光に関わる全ての地域が目指すべき基準として4つの分野、合計38の大項目・ 174の小項目があります。具体的に4つの分野は、「持続可能なマネジメント」「社会・経済の持続可能性」「文化の持続可能性」「環境の持続可能性」から構成されています。

先ほど国際的な認証団体とおっしゃっていた「グリーン・ディスティネーションズ」は、その基準とどのように関わってくるのでしょうか。

GSTCが直接的に各々の観光地や企業を評価するわけではありません。「GSTC」が定めた評価基準に従って、個々の認証機関が審査を行います。その審査を行う代表的な非営利団体の一つが「グリーン・ディスティネーションズ(以下、「GD」と記載)」です。私たちはこのGDから「世界の持続可能な観光地100選」と、認証プログラムの「シルバー」の2つの表彰をいただいています。

「世界の持続可能な観光地100選」と「サステイナブル・ツーリズムの認証」について、それぞれもう少し詳しく教えていただけますでしょうか。

「世界の持続可能な観光地100選」は非常に影響力のある表彰ですが、難易度としては入門編の位置づけです。というのも、まず、GDが評価するサステイナブル・ツーリズムの84項目中、重要項目30から更に絞られた15項目(2回目以降の応募では全30項目)について、60%を満たすと1次審査を通過できます。そして、グッドプラクティスストーリー(事例)を提出して受理されれば、トップ100として選出されることが可能だからです。

2018、2019年と日本で選出されたのは釜石市だけでしたが、その取り組みの輪は少しずつ広がってきており、2020年には京都市、ニセコ町が新たに選出され、2021年は釜石を含めたこれら3地域に加えて、奄美大島、阿蘇市、長良川流域、七尾市および中能登町、那須塩原市、佐渡市、小豆島町、豊岡市、与論島と、合計12地域が選ばれました。2022年には、阿蘇市、那須塩原市、小豆島町が2年連続で選ばれた他、下呂温泉、箱根町、東松島市、南知多町、小国町、大洲市が新たに選出され、トップ100は釜石市も含めて、日本で10都市になっています。

一方で、メインの認証プログラムの難易度は、非常に高いものです。GDの認証は段階的になっており、全84項目の達成割合に応じて「ブロンズ(60%以上)」「シルバー(70%以上)」「ゴールド(80%以上)」「プラチナ(90%以上)」と上がっていき、100%達成してはじめて「認証」の称号が得られます。釜石市は2022年に「シルバー」に選ばれ、ゴールドまでもう一歩というところまで来ましたが、これは日本では唯一です。ちなみに世界的に見ても「認証」を受けているのは、ヴェイル(アメリカ)、ブレッケンリッジ(アメリカ)、ハウウェン=ドイフェラント(オランダ)、ワーグレン=クライナール(オーストリア)、エゲンタール(イタリア)の5地域だけ(2022年現在)です。

先ほどサステイナブル・ツーリズムの基準として、GSTCが定めた176項目があり、その中でもGDが審査するものが84項目があるとおっしゃっていましたが、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか。

先ほどGSTCのサステイナブル・ツーリズムは、大きく「持続可能なマネジメント」「社会・経済の持続可能性」「文化の持続可能性」「環境の持続可能性」の4つの分野から構成されているというお話をしました。GDの主要テーマはもう少しだけ細かく、6つに分かれていて、具体的には「観光地管理」「自然と景観」「環境と気候」「文化と伝統」「社会福祉」「ビジネスとコミュニケーション」となっています。冒頭で「環境」だけがサステイナブル・ツーリズムではないとお話ししたのは、上記のテーマの並びを見ていただいても分かるかと思います。

「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」という基準もありますが、この位置づけはどのようなものでしょうか。

「JSTS-D」は「GSTC-D」を踏襲して作成されており、基本的なコンセプトは同じです。したがって、具体的な項目に目を向けてもほぼ原文に忠実に翻訳されています。一方で、GSTC自身が、「GSTC-D」という基準はそれ自体が絶対的なものではなく、地域ごとの特性を踏まえて臨機応変に変更された方が望ましいと述べています。そのため、JSTS-Dを
細かく見ると、日本の現状の観光課題を踏まえて、例えば、「民泊」や「観光教育」に関する基準などが追加されています。取り組みやすさの観点からは、「JSTS-D」からスタートするのも良いかもしれません。

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