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次に、釜石で実際にされているサステイナブル・ツーリズムの取り組みについて、伺わせてください。

サステイナブル・ツーリズムというと、オーバー・ツーリズムの反対概念、つまり観光客が多すぎるところに制限をかけて地域環境を保全するというイメージを持たれるかもしれません。しかし先に述べたように、釜石は伝統的な観光地ではなく、目玉となる観光資源があるわけではありませんでした。したがって、まずは経済的に持続可能であるために、「稼げる」観光コンテンツが必要でした。観光の担い手もいない中で考案したのが、先に紹介した「オープン・フィールド・ミュージアム」(釜石全体を屋根のない博物館と見立てる)というコンセプトの下で、「なりわい」を観光化することでした。具体的には、漁業や農業、林業への従事者の方々の日常を展示物と見立てて、訪れた人たちに見たり体験したりしてもらうことです。

その代表的なプログラムの一つが「漁船クルーズ」です。震災前に釜石には観光船がありましたが、津波で被災したため使用が困難になり、震災後にその復活を望む市民の声は少なくありませんでした。ただ、立派な観光船を造ったとしても、その維持が地域の負担になってしまっては本末転倒です。そこで釜石では、地元の海をよく知る漁師さんに、既存の漁船を活用して観光客をご案内いただくという形で、クルーズを復活させることに決めました。さらに、より持続可能な形を追求して、プログラムの開催は基本的に漁師さんの手が空く午後の時間帯に限定しました。また、ガイドのための資料などは弊社の方で「型」として用意して、漁師さんの手を煩わせないことも意識しました。観光に携わることで本業の手が止まってしまっては、なりわいの観光化が難しくなってしまうからです。

釜石はもともと観光地ではなかったからこそ、まずは「経済的なサステイナビリティ」に焦点を当てて、「なりわい」の観光化を模索されたということですね。他に意識された点はありますか。

個々の事業者さんの立場から考えても、メリットになると分かるまでは、全く新しい「観光」という分野に関わるのにはハードルがあったかと思います。その意味で、漁船クルーズにおいても、漁師さんへの報酬を確保することは特に重要でした。本業だけではなく観光でも稼げるという認識を持ってもらえれば、より多くの方が積極的に観光に携わる誘因となりますし、間接的に本業の魅力も増すでしょう。したがってDMOとして、観光客を迎え入れることで事業者の方々がしっかりと潤う仕組みの構築を重視しました。

実際に「漁船クルーズ」のプログラムを始めてから、どのような反響がありましたか。

漁師さんにとっては見慣れた釜石の海かもしれませんが、外からの訪問される方々にとっては、三陸のジオを中心とした大自然と工業地帯が調和した釜石にしかない景色が広がっています。初めは少し躊躇されていた漁師さんも、実際に観光客の方々が感動している姿を目の当たりにされ、釜石の土地やご自身の仕事を誇りをもって紹介してくださるようになりました。さらに先ほど言及した「漁業を通じて稼げる」イメージを持ってもらうことにも成功しつつあります。ここからさらに、漁業という産業自体への認識が変化し、結果として若い世代の漁業就労を促し、同時に観光人材の育成にもつなげられればと目論んでいます。

さらに釜石では、単なるクルーズだけに留まらず、環境問題への取り組みと関連づけていることも特徴です。釜石市にキャンパスを持つ岩手大学との連携事業で、漁船クルーズに乗船した観光客の方々に海水を採取してもらい、海中のマイクロプラスチックを顕微鏡で実際に観察することを通じて、海洋環境の変化や要因を学べるプログラムを開発しました。これにより観光客の方々が、SDGの「海の豊かさを守ろう」といった項目をダイレクトに学んでいただけます。2022年の「世界の持続可能な観光地100選」に選出される過程では、こうしたストーリーをグリーン・ディスティネーションズに評価していただけました。

「漁船クルーズ」以外にも、サステイナブルな取り組みを教えていただけますでしょうか。

この前年に取り組んだテーマは「地産地消」でした。当社では、震災伝承施設や海辺のキャンプ場の指定管理を受託していますが、これらの施設を中心に比較的大規模な修学旅行の受け入れも行っています。従来は、来訪者の多くが他地域からお弁当を持ち込むため、大量のプラスチックごみだけが釜石に残されてしまうという課題を抱えていました。

そこで、こういった教育旅行や企業研修に提供できる「釜石らしい」お弁当を地域の事業者さんと開発し、食材の地域調達率向上はもちろんのこと、地元の廃材から取れた木製の容器を活用し、プラスチックごみの削減も同時実現するという取り組みを行いました。この「釜石ジオ弁当」は美味しく釜石について学べる上に、地域の事業者さんへの還元にもなり、地域の環境にも優しいという「三方よし」の商品に仕上げることができました。社会経済のサスティナビリティ、環境のサスティナビリティへの配慮ということになります。

体験プログラムだけではなく、商品開発でもサステイナブル・ツーリズムを意識されているのですね。ちなみに、世界の持続可能な観光地100選に選出されたことで、観光客が増えたりだとか、得られている恩恵はありますか。

せっかく取り組むのだから何らかの実利を得たいという気持ちは分からなくはないですが、観光客の獲得を目的としてサステイナブル・ツーリズムに取り組むことは、本末転倒になりかねないと感じます。純粋なプロモーション施策としては未知数ですし、そもそもそこに大きな効果を求められるものではありません。

ただ、Iターンで来てくれている若手の優秀な社員の多くは、TOP100に選出されていることを必ず入社理由の一つとして挙げてくれます。社会貢献性を重視すると言われる優秀な若者に対して「持続可能な地域づくりの先進地である」ことは、訴求力があるようです。また、先ほど述べたこととも重複しますが、経営において、現場のメンバーレベルまで自然と意識浸透ができ、ぶれずに活動できているのは非常に大きいです。明確な国際基準があり、それを浸透させる研修を行っている組織としての強さを実感できています。

なるほど、そういった点で国際認証に取り組むメリットを感じられているというわけですね。さて、他地域に目を移すと、まさに今から持続可能な観光地づくりに取り組もうとしているといった自治体等もあるかと思うのですが、何から手を付けるべきなのでしょうか。

サステイナブル・ツーリズムへの取り組みには、様々な段階があります。例えば分かりやすいところだと、「脱プラスチック製品」の取り組みも、立派なサステイナブル・ツーリズムの施策の一つです。一般的には、イベントで料理ブースが出されたとき、容器、スプーンやフォーク、ストローはプラスチック製のものが用いられます。先ほどのお弁当の容器とも共通しますが、釜石でも、まだまだこうした取り組みは全体には及んでいませんが、かまいしDMCが率先して、使い捨てプラスチックを使用しないイベントを実施しています。

こういった取り組みを積み重ねていくのは、非常に大切です。ただし、国際基準に適合しようとした場合、思いつくことを無作為に取り組んでいくというのは、必ずしも効果的ではないかもしれません。

国際認証に取り組むとなると、もう少し工夫が必要ということでしょうか。

そうですね、単発で取り組むのではなく、持続可能な形で仕組みとして整備していく必要があると言えます。先ほど申し上げた、GDが審査する項目に目を向けると、「観光地管理」「自然と景観」「環境と気候」「文化と伝統」「社会福祉」「ビジネスとコミュニケーション」の6分野84項目が審査対象で、各項目に対する取り組み内容について提出します。その際に先に述べたような「プラスチック製品を使わないイベントの開催」というのは、「環境と気候」分野の「固形廃棄物の減量」の一つの判断材料にはなり得ます。

しかし、「サステイナブル・ツーリズム」の基準を満たしていると判断されるためには、使い捨てプラスチックの削減を目標とした「文書」があり、「定量目標」があり、それを「モニタリング」する仕組みがあり、実際の取り組みがなされ、結果が適切に「報告」されているかが求められます。「イベントでプラスチックを使用しませんでした」というだけでは、不十分なことが分かるのではないでしょうか。

そのように聞くと非常に取り組むハードルが高いようにも感じますが、いかがでしょうか。難易度を下げるための工夫などはあるのでしょうか。

テーマを決めて、一つひとつクリアしていく以外にはありませんが、その地域に合う取り組む順番はあるように思います。先ほど申し上げたとおり、釜石が優先的に取り組んだのは「経済的なサステイナビリティ」でしたが、当然それが常に正解というわけではありません。もちろん、「持続可能なマネジメント」を行える組織(DMO)の形成が前提で、当該組織があることで、各種の取り組みが実行できます。

釜石としては、サステイナブル・ツーリズムをもっと日本全国に広げたいと思っていますし、遅かれ早かれ、それが当たり前になると考えています。個人的には、是非、様々な地域と意見交換をさせてもらう中で、より良いあり方を模索していきたいですね。目立った観光資源もなく、歴史的に観光地とは言えなかった釜石でも、「持続可能な観光の先進地」と評価していただけるようになっています。その意味で、どの地域でも取り組みは可能だと思いますし、日本で世界基準の持続可能な観光地づくりを推進するお手伝いができれば、大変嬉しく思います。

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