「地域活性化起業人」は総務省の地方創生の施策のひとつ。三大都市圏に所在する企業等の社員が地方に派遣され、そのノウハウやスキルを活かして、地域課題の解決や地域活性化のための幅広い業務に従事し、地方へのひとの流れをつくる制度です。
今回、かまいしDMCと関係の深い江崎グリコ(株)とソウルドアウト(株)から派遣されたお二人に加えて、受入れを担っている釜石市のオープンシティ推進室長も交えて、お話を伺いました。彼らはなぜ、初めての地である釜石で活き活きとした働き方を実現できているのでしょうか。その背景には、釜石に根付く「オープンマインド」と、最大限に自由を引き出す受け入れの工夫がありました。
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金野 尚史
釜石市役所 総務企画部総合政策課オープンシティ推進室室長。
大手半導体製造装置メーカー勤務を経て、釜石へUターン。震災直後から、復興推進本部事務局として、復興まちづくりに携わった後、2021年からオープンシティ推進室室長。人口減少・少子高齢化に対応し、地方創生を推進するための羅針盤として定められた「つながり人口」「活動人口」増加施策の核となる「オープンシティ戦略」の旗振り役を担っている。
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河東 英宜
株式会社かまいしDMC代表取締役。
観光地域づくり法人(DMO)として株式会社かまいしDMCが立ち上がる前段階から携わり、2018年から釜石市の観光マネジメントに従事。地域活性化起業人の受け入れに関しては、市と綿密に連携しながら、外部人材が活躍できる環境づくりを担っている他、多くの地域事業者との橋渡し役にもなっている。
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大窪 諒
地域活性化起業人として、江崎グリコ株式会社から釜石市役所に出向(2021年12月にて任期終了)。来釜後は、「釜石ジオ弁当」や「うにパエリア」「KAMA MOCCHI(かまもっち)」といった地域で話題、人気となった商品開発を手掛けた他、地元の食品関連企業からの製造やプロモーションの相談を受けて、その経営課題の解決にも尽力した。
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池井戸 葵
地域活性化起業人として、ソウルドアウト株式会社から釜石市役所に出向中。市のまちづくりと観光のコンセプトである「オープン・フィールド・ミュージアム構想」の再定義を中心に、観光プロモーションに携わっている。また、地元企業の理念の言語化にも取り組み、「ことば」による地域活性化を実践している。
釜石市は、どのような枠組みで「地域活性化起業人」を受け入れられているのでしょうか。
金野さん(市役所):地方創生施策の羅針盤となる「オープンシティ戦略」の推進のため受け入れました。釜石市はもともと、旧新日本製鉄の企業城下町として、外部人材によって栄えた歴史を持っています。この戦略は、そんな釜石の「オープンマインド」を活かした、市内の「活動人口」と市外の「つながり人口」とのコラボレーションによってまちの活力を生み出していく構想です。オープンシティ推進室では、「つながり人口」に当たる外部人材の受け入れ窓口の役割も果たしています。
大窪さん池井戸さんのお2人も、「つながり人口」の貴重な人員ですね。 それでは大窪さんの普段のお仕事についておしえてください。
大窪さん(江崎グリコ(株)):主に地域の事業者さんと協働で商品開発に取り組んでいます。かまいしDMCと「うにしゃぶ」、「うにのパエリア」、マルワマート様と「釜石ジオ弁当」、小島製菓様と「KAMA MOCCHI(かまもっち)」など、たくさんのコラボレーションをさせていただきました。また、地域の主に食品関連の企業さんから、製造の効率化やプロモーションの方法などの相談を受けることもあります。他には、釜石の小中学校の食育活動にも関わりました。
「食」というテーマでかなり幅広く活動されているのですね。通常、このように簡単に色々な関わりを持てるものなのでしょうか。
金野さん:市役所にも籍を置きつつ、かまいしDMCとも連携することで、自由に地域の事業者さんに関係を持って活動できるよう受け入れ体制を整えました。たまに市役所にも顔を出すことで、市役所への出向者という立場を確保しながら、第三セクターであるかまいしDMCを通じて、大窪さんの力を存分に活かしてもらえたのでは、と思っています。前提として、彼のどこでも愛されるキャラクターがあってこそですけどね。
大窪さん:実際、かまいしDMCには、民間だからこそのフレキシブルに動ける環境を提供していただけました。協働先の一つとして商品開発に一緒に取り組むこともありましたし、地域の事業者さんとの橋渡しや、商品開発費用の工面などでも、全面的にサポートしていただいたことで、やりたいことを最大限やらさせてもらえたと感じています。
幅広く地域に貢献されていた大窪さんですが、どのような想いで釜石市に関わられていたのでしょうか。
大窪さん:地域の商品開発力の底上げを目指しました。自分がいる間だけ新商品が出たり、一回きりの開発で終わってしまうような活動は、地域のためにならないと思っています。どこまで達成できたかは定かではないですが、地域の中で自然と商品開発のサイクルが生まれるような手助けができればと、常に考えていました。
続いて、池井戸さんにお伺いしたいのですが、釜石に来ることを決断された経緯はどのようなものだったのでしょうか。
池井戸さん(ソウルドアウト(株)):もともとソウルドアウトは「中小、ベンチャー企業が咲き誇る国へ」というミッションを掲げており、「地方に貢献したい」という想いが強い会社です。縁あって釜石市と意気投合し、地域活性化起業人を派遣することになったようです。私自身は、人事面談で「釜石に行ってください」と言われて決まりました。
驚きましたが、私も「地方創生」には興味があったので、釜石への出向はすごく嬉しかったです(笑)。ただ一点だけ、自由な働き方が出来るのか不安に感じていました。フルリモート・フルフレックスなど、働き方の自由度が高い当社から、地方の行政機関への出向という形だったので。実際に来てみると、働き方も含めて任せていただけて、ポジティブなギャップがありました。
なるほど、想定外の自由さがあったわけですね。普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか。
池井戸さん:釜石のまちづくり構想であり、観光コンセプトでもある「オープン・フィールド・ミュージアム」の定義づくりと、それを発信するホームページ制作に取り組んでいます。来釜する前の主だった仕事は、企業の代表の方の想いを「経営理念」に落とし込み、発信するというものでしたので、今後は釜石の企業さんの理念づくりを中心に、出来る限り釜石の活性化に貢献していきたいと考えています。
河東((株)かまいしDMC):以前から、「オープン・フィールド・ミュージアム」の定義づけに関しては課題感を持っていたのですが、難易度と工数の両面の問題から、中々手を付けられていませんでした。市役所やこれまで策定に関わった方々、当社の間で、考えているものが少しずつ異なり、まとめるのは至難の業と思われました。そこにちょうど、タイミングよく池井戸さんが来てくださいました。
プロジェクトを進める中で、具体的に苦労された点はありましたか?
池井戸さん:当初、河東さんからお伺いした時は、訪問客を呼び込むための観光コンセプトの色合いが濃いと捉えていました。市役所の方や、策定に関わられた方々にヒアリングを進めると、だいぶ角度の違うお話が出てきまして。もともとは、まちづくりの概念で住民向けのものです、とお聞きしました。
このように、立場や関わった時期の違いによって、解釈の角度も大きく異なったので、改めて共通認識を創り上げるのは、覚悟がいる仕事でした。その分やりがいが大きかったのですが、今までやってきた仕事とも毛色が少し違ったので、難しさを感じることも多々ありました。
今までのお仕事と違うとのことでしたが、具体的にどのような点で、釜石での仕事に違いを感じましたか?
池井戸さん:今までは、企業の代表の方お一人の話を伺って、「経営理念」に落とし込む仕事でした。しかし今回は、複数の方の異なるご意見をまとめる役割だったと思います。同じことでも、立場によって「正しさ」は異なります。「正義の反対は正義」だということを痛感しながら、着地点を探る難しさがありました。振り返って見れば、遠回りしてしまったと思うことも多いですが、いつも支えてくださった河東さん、商工観光課の皆さまには、本当に感謝しています。
言語化するスキルはもちろん、ステークホルダーそれぞれの思惑を汲み取り、妥協点を見つけることも求められるということですね。難しさも沢山あったと思いますが、逆に、自分だからできたなと感じられた場面はありましたか?
池井戸さん:「ことば」にする力を最大限に発揮できたとは思いますし、第三者だからこそ「これは違う」「こっちの方がいい」とズバッと言えるというのはありました。無邪気に言える立場を活かして、従来とは異なる視点を入れられたのではないかと思っています。
金野さん:そうですね、もともと地域にいる人には見えないものが池井戸さんには見えていますし、見えていても、しがらみがあると素直に言えないことも多いのです。池井戸さんは、上手く距離感を保って鋭く指摘すると同時に、素晴らしいバランス感覚をもってまとめ上げてくれたと感じています。
なるほど、あえて「染まらない」ことも大切ということですね。大窪さんは、今までのキャリアで学んできたことが活かせた瞬間はありましたか?
大窪さん:新商品開発にあたっては、正直、設備投資をしてください、とは言えません。そこまでリスクを負わせられないし、自分も責任が取れないですし。そのような制約条件下でも、実際に事業者さんの工場に足を運べば、大体どんなものを作ることができるか分かったので、元々ある設備を活かした、実現レベルの高い提案ができたと思っています。
起業人のお二人が、「釜石で良かった」と感じられた場面があれば、お聞かせ願えますでしょうか。
大窪さん:実質的に、オープンシティ推進室、商工観光課、かまいしDMCの三者に同時に関わっていたので、何かあれば適切な相談相手を簡単に見つけることができ、非常に動きやすかったです。金野さんのことも、当初は「市役所の室長」とお伺いして、話しかけるのもはばかられるなと思っていたのですが、いつも親身に相談にのってくださいました。当初多少懸念していた、精神的なストレスは全く、むしろ自由にいろいろとさせていただき過ぎたくらいだと感じています。
池井戸さん:関わる皆さんは、例外なくコミュニケーションが丁寧だなと感じます。基本的に肯定してくだり、その上で「もっとよくするにはどうするのが良いか?」という議論をしてくださるので、自由な意見を言いやすいと感じています。また、「ありがとう」と言ってくださる場面が多いのも、とても嬉しいです。私も出来る限り、釜石の活性化に貢献したい!という気持ちになります(笑)。釜石は、肯定的で温かい人が多い、いいまちだと日々実感しています。
お二人とも、当初の派遣予定の期間を延長されたそうですね。
大窪さん:一年間だったところを半年延長してもらいました。せっかく釜石にいさせてもらったからには、自分が来てくれて良かったと関わった人に思っていただけるように、何か成果物として残したいという気持ちでした。実際に延長してみて、いくつかの新商品をリリースできたことで、少しは爪跡を残せたのではと思っています。
池井戸さん:7月からの半年間で、釜石に来てよかった!と思えるような、心から尊敬できる方にたくさん出会い、同時にお悩みを伺うことも増えて、釜石でやりたいことの指針も見えてきました。「せっかくのご縁なので、あと半年以上は釜石で過ごしたい!」と強く思い、延長させていただきました。
金野さん:釜石に来た人は大概、もう1年いさせてくださいと言ってくれますね。北九州市から復興支援で来てくれた方の中には、3年延長した人もいましたし、家族を連れて戻ってきてくれたりもしました(笑)。この街の緩く見守ってくれる空気感がいいのかもしれないですね。田舎の場合、閉鎖的で外部の人に対して懐疑的なことも多いのですが、釜石はいい意味でほったらかしです。その距離感が丁度いいと、移住した方々から何度か聞いたことがあります。
今後に向けて、お二人も含めた地域活性化起業人への期待や展望をお聞かせ願えますでしょうか。
河東:所属企業からすると、派遣期間中の社員の成長を大いに期待されているでしょうし、社員個人としても、様々な想いを持って来ていただくことと思います。かまいしDMCとしては、市と民間の間という立場を活かして、それらを最大限実現できる土壌を引き続き用意していきます。結果としてこの制度を通じて、釜石に刺激がもたらされれば嬉しく思います。
金野さん:釜石にとっては、地域活性化起業人の方が来られている期間は、地方創生を結実させる貴重なチャンスです。一方で、派遣されてくる方々は、ご自身の貴重なキャリアの時間を費やしており、大事にしなくてはと思っています。是非、今回の大窪さんのように実績を持って帰って、派遣元の企業での更なるキャリアアップにつなげてもらえたら嬉しいですね。
釜石の「オープン」で、いい意味でほったらかしてくれる距離感が、居心地の良さを生み、人を惹きつけていることがよく伝わってきました。お二人の今後の益々のご活躍にも注目していきたいです!ありがとうございました!