釜石市が「オープン・フィールド・ミュージアム」構想を打ち出してから10年。まち全体を博物館に見立て、地域の生業や人そのものを観光資源として来訪者とのつながりを生む政策は、新たな成長フェーズに差し掛かっています。「オープンシティ(開かれたまち)」を標榜する釜石ならではの観光振興が着実に歩を進めることができた要因の1つが、方針を策定する市と実行する観光地域づくり法人(DMO)の緊密な連携。それぞれの現場のトップが抱く未来への思いとは。
2026年4月20日実施
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河東 英宜
株式会社かまいしDMC代表取締役。 釜石市出身。旅行系出版社を経て、2017年にパソナグループに転じ、NVCF投資政策委員会にて地域創生事業に携わる傍ら、観光地域づくり法人(DMO)である株式会社かまいしDMCの制度設計を行い、2018年4月にかまいしDMCを設立。 -
佐々木護
釜石市総務企画部オープンシティ・プロモーション室室長 1999年釜石市役所入庁。2006年国土交通省出向。2008年に帰任し、東日本大震災が発生した2011年に復興推進本部でまちや生業の再生に携わる。商工観光課、総合政策課を経て、2024年から現職。
オープン・フィールド・ミュージアム構想の立ち上げから現在までの期間は、2018年に発足したかまいしDMCの歴史とほぼ重なります。振り返ってみていかがですか。
河東:東日本大震災からの復興の総仕上げという段階に入った2017年、DMOを立ち上げて観光で外の人を受け入れていく市の方針が示されました。多様な形でまちづくりに関わってくれる市外の方とその窓口になってくれる市内の方をつなぎ、市内の活性化を維持しようとういのが「オープンシティ戦略」であり、かまいしDMCはその一翼を担い、この明確なビジョンを実行することが命題でした。
DMOがうまく機能している成功例とも言われていますが、その要因はなんだと思いますか。
河東:地域においては後発組織であるDMO(観光地域づくり法人)は、そもそもの立ち位置から運営が難しいですよね。ほとんどのケースは地域に観光物産協会がすでに存在するわけですから。後発で「旗振り役」をやりますと言っても、なかなか「はい、どうぞ」とはなりませんよね。
釜石の場合は、観光物産協会の理解もあり、釜石の観光を強化するうえでの役割分担ができたことが要因のひとつだと思います。次に、地域運営の基準にサステナブル・ツーリズムの概念を取り入れ、社会経済、文化、環境に配慮した観光地域づくりを目指したことで合意形成がしやすくなりました。今でこそ日本でも持続可能な観光(サスティナブルツーリズム)の重要性が認識されて始めていますが、2018年当時日本で取り組む地域はありませんでした。そしてもうひとつ、組織維持のための自主財源開発に取り組んだこと、この3つが成功要因だと思います。
その自主財源開発は、地域への誘客事業については当初は企業研修と探求学習に絞りました。このやり方は間違っていなかったと思っていますし、描いていた以上の形がきたと感じています。これは市やステークホルダーの皆さんの協力なくして実現はできなかった。一体となって推進できたことは大きかったですね。

佐々木さんは震災直後に復興推進本部に身を置き、現在はオープンシティ戦略のかじ取りをなさっています。これまでの釜石の変遷をどう感じていますか。
佐々木:震災後の5〜6年は生活や生業の立て直しを行いながら、将来を担えるまちづくりを考えることに明け暮れていました。ハード、ソフトの両面から取り組むわけですが、復興まちづくりをさらに先へとつなげていくためにキーになったのが「つながり人口」です。観光客以上、移住者未満の関わりを有する人材・企業という定義で、復興の過程でたくさんの方々が関わってくれた絆を大切にしていくというモデルなのですが、釜石市オープンシティ戦略は、この「つながり人口」と、コミュニティ活動や経済活動に積極的に取り組む市民である「活動人口」が機能し、「つながり人口」と「活動人口」が交わることによって釜石に新しい価値を生み出していくことを根幹の考えにしています。
「つながり人口」の構築に動いてくれたのがかまいしDMCでした。DMCは自社の収益事業で地域課題を解決するという、これまでにないタイプの組織で、DMCの研修事業や探求学習による地域への誘客は、「学び」から市内外のつながりをつくっていこうという新たな柱となりました。
実は以前から、釜石が生き残っていくためには、「学び」がキーワードになるという思いがありました。2020年に策定した「第六次釜石市総合計画」の目指すべき将来像は、「一人ひとりが学び合い 世界とつながり未来を創るまちかまいし」で、ここにも「学び」が入っています。学びをテーマに、かまいしDMCと市が歩調を合わせれば、いろんな価値観が生まれると思っています。

釜石で研修を行った首都圏企業や他の自治体などから、市とDMOの二人三脚がうまくいっているという声が聞こえてきます。そうした関係はどのようにして築かれているのでしょうか。
佐々木:河東さんからは常に新しい連携のアイディアが生まれ、我々もとても参考になり、嬉しいですし、楽しい。そしてアイディアの実現のために、DMCの皆さんは自ら動いてくれる。我々行政も一緒に動くことで、企業や、大学との連携が加速され、連携が連携を生むことも多いです。
先ほど、ハード面でのまちづくりの話が出ましたが、河東さんから復興まちづくりについての進め方や苦労した点についてヒアリングを受けたのですが、いつの間にか「釜石復興まちづくり研修」が出来上がっていました。今の釜石市の中心部は、東日本大震災規模の大津波に対して湾口防波堤、防潮堤、グリーンベルトに守られていて、かさ上げをしない方針のもと、商業施設を市内中心部に呼び込み、市民ホールやイベントスペースを創り出したのですが、それには、地域内と国とのあらゆる角度からの調整や法制度への対応が求められていて、試行錯誤の結果、今の街並みに至っています。そのストーリーが見事に研修題材になっていました。あれには驚きました(笑)。
河東:「釜石復興まちづくり研修」は、今では人気のプログラムですよね。復興過程で自治体がどのように方針をつくり、調整し、まとめ上げていくのか。企業にしてもても、多様な関係者をどのように巻き込んで最適解を導いたのか。その際のマネジメントはどのようなものだったのか。探求学習についても、行政が行うまちづくりとどのようなものか。何が最適解なのかを議論するプログラムは探求学習にマッチしていると思います。
連携が連携を呼ぶというのも、まさにその通りです。マーケティングのセグメンテーションが明確にできているので、学びの場を探している側と結びつけやすい状況になっているのではないでしょうか。特別にプロモーションをしなくても、何かに特化していくと、そこにいろんな人たちが来てくれるんだなと実感しています。
どうしても行政は、全方位で取り組まなければならず、マーケティングで何かに特化すのは難しいという特性があるので、そうした部分を埋め合わせる意味で行政とDMOの連携は、地域力の強化になっていると確信しています。
佐々木:米ミネルバ大学のフィールドワークや、ウミガメ学会のMICE、アーチスト・イン・レジデンスの誘致など、「学び」に取り組んでいると連携の話が次々と出てくるんですよね。
オープン・フィールド・ミュージアムの概念を教育領域に発展させた「オープン・フィールド・カレッジ」に今は力を入れているのですが、「学び」という切り口は多様性が求められる現在でも、受け手側のニーズにマッチし易いと感じています。実際に大学のフィールドワークなどの引き合いは多いですし、インターン制度なども使って、もっと釜石で学んでもらう機会をつくりたいと考えています。

そのほかにも釜石市オープンシティ推進室が現在、力を入れている取り組みについてお聞かせください。
佐々木:企業同士が連携して地域課題に取り組む「オープン・フィールド・ラボ」は、これまでの取り組みの集大成だと考えています。まちづくりに加えて、防災への取り組みや、脱炭素は「学び」との親和性が高く、企業の皆さんの関心も高いようです。釜石市はこれらを「課題」として提供し、企業は人材育成や地方創生の観点から課題に対峙する。これらにDMCのファシリテートのノウハウが重なることで、それぞれが高めあっているように思えます。
そうした施策の広がりとともに、かまいしDMCの役割は変わっていくのでしょうか。
河東:DMOをこれまでやってきて、一番の役割は「スチュワードシップ」だと思い始めています。「伝道者」や「つないでいく者」と言い換えることができますが、そういう概念が今、米国のDMOでは盛んに語られています。やはり日本のDMOもそうなっていくべきだろうと思います。
例えば、「オープン・フィールド・ミュージアム」構想で、「地域の皆さんがガイドになるんですよ」と言っても、地域の皆さんはピンときません。自分たちでまずはやって見せることが大切です。サスティナブル・ツーリズムの国際基準もそうです。まちづくりの概念を実践する事例を示しながらステークホルダーも含めて進めていく。企業研修や、教育旅行の誘客もそうで、誰も首都圏の大企業が釜石にマネジメント研修や環境整備にこれだけの人数で来訪するとは思っていなかったと思います。DMOはマーケティングにより「次はこれが来る」と思う部分に特化して、実践していく。やってみて違ったら軌道修正すればいいんです。実践しスチュアードシップ的な考え方で次につないでいくのが役割だと思います。

それぞれ事業パートナーとしてどのように感じていますか。
佐々木:私は河東さんにいつも驚かされています。役所が考えつかないような発想や視点がすごく面白い。なおかつ、駄目なものは駄目とはっきりおっしゃるのがいい。DMCは首都圏からの移住スタッフが多いのですが、うまく地域に溶け込んでいて事業者の信頼を得ています。
河東:佐々木さんはもちろんですが、釜石市の皆さんはスピード感がありますよね。庁内調整がとにかく早い。あと、近年は役所内のセクショナリズムが少なくなったと感じています。2018年の設立時には「それは〇〇課の担当」と言われることが多く、正直なところ部門間の壁を感じていましたが、今は感じないですね。事案が生じると一緒に会議をするじゃないですか、あれはいいですよね。
お二人にとって目指すまちづくりの現在地は山登りでいえば何合目ですか。
河東:山がどれだけ高いのか、見えないですね。登ってもさらにまた高い山がある感じですね。まちづくりは今活躍している人たちも世代交代が生じますし、そもそもそうしたゴールがないものなのだと思います。地域課題を地域資源にするくらいの気持ちで取り組まないと、人口減少という課題が大きすぎて、、ただ、糸口が見えないわけではありません。「第二のふるさと」のように首都圏と釜石を行き来する人が増えていくとか、若い人がチャレンジの場に釜石を選ぶとか、観光を起点とした取り組みが動き始めている感覚はあります。
佐々木:釜石のおかれている環境を考慮すると人口は間違いなく減るんですが、活気ある元気なまちでありたいですよね。若い人たちが起業したりコミュニティーをつくったり元気に活動していて、地域の人たちも内外のいろんな人との交流があることで楽しいと思える状況になっていくと、元気なまちになっていくんじゃないかな。そういう人たちをつなぐ仕組みづくりも大切になってきます。 まちづくりにゴールはありませんが、効果的な打ち手や施策がこういうふうにつながると効果が出るとか、道筋が見えてきた実感はあります。

釜石の未来に向けて、今後はどのような取り組みを強化する予定ですか。
佐々木:関わりたくなるまち」、「住み続けていたいまち」を目指して、つながり人口と活動人口の創出にさらに力を入れていきたいです。
釜石では、地域おこし協力隊や地域活性化起業人などを活用しながら、つながり人口の創出に取り組んでいるほか、2015年から続けている高校生のキャリア教育である「釜石コンパス」や、かまいしDMCと連携して取り組んでいる中学生の職業体験など、未来の釜石を担う人材の育成にも取り組んでいます。こうした取組を連動させながら、受け皿となるコミュニティを形成していくことでさらなる相乗効果が生まれると考えています。
市内外で人やコトがつながり始めている今を大切にしながら、点が線になり、実を結びそうなものをしっかりと形に落とし込んでいきたいですね。
河東:これまで通り市内の事業者と連携しつつも、公共性や専門性が必要な案件には、かまいしDMCの関連会社をいくつかつくり、Uターンや移住してきた方の受け皿にしたいと思っています。そういう組織がないと、なかなか地方でUIターンは生じにくく、人は定着しません。ただ、いきなり起業はハードルが高いので、地方での起業経験者としてこれから地方でビジネスをしたい方をサポートできたらと思っています。地方には地方のマーケティング手法や、マネジメント手法があり一緒にトライ&エラーができる人をいつでも待っています(笑)。
